【JASAリポート】百貨店インバウンドと信頼の場

はじめに:変わりゆく訪日旅行と百貨店の役割

去る5月21日、日本政府観光局が発表したデータによると、4月の訪日観光客数は過去最多を記録し、観光関連統計は明るい数字に沸いています 。しかし、その一方で百貨店の免税売上には減速傾向が見られ、数字だけでは読み解けない消費行動の変化が現場で静かに起きているのです 。日本の“おもてなし”を体現する場である百貨店は、免税制度が改正された2014年10月以降、国籍も文化も異なるゲストと地域をつなぐ重要な役割を担ってきました 。本稿では、訪日観光が再拡大する今、百貨店が長年築いてきた「信頼」を基盤に、どのように新たな関係性を紡ぎ、その価値を再定義しようとしているのか、「共感」と「実装」の視点から考察します。

1.訪日客は戻った。しかし、消費行動は質的に変化した

政府統計が示すように、訪日客数は回復を超え、過去最高を更新し、それに伴い免税対象となる来店数も大幅に増加しています。それにもかかわらず、百貨店の免税売上が3年ぶりに減少傾向にあるというニュースは、一見すると「百貨店で買われなくなった」という単純な結論を導きがちです。しかし、これは決して一方向的な変化ではありません。考えられる要因の一つは、訪日観光客の消費行動が「現地で手に取って比較し、帰国後にECで購入する」という形へと主流化している可能性です。さらに、円安でお得感があるはずなのに、化粧品や食品といった消耗品は伸びつつも、一時のような高額品の購入が減少傾向にあることも指摘できます 。これは、旅行先での消費動機と、その後の購入導線が静かに変化し始めていることを示唆しているのです。

2.百貨店は、今も昔も「地域の信頼ランドマーク」

百貨店は、訪日外国人にとって単なる買い物の“場所”に留まりません。そこは、“日本文化を発信する地域のランドマーク”であり続けています。単なる商品の説明を超えて、“日本の品質感覚”や“安心感のある接客”そのものが、唯一無二の観光資源となっているのです。

しかし、コロナ禍以降、外国人観光客が「モノ」から「体験」や「ストーリー」へと消費の重心を移したことが顕著になっています。この変化の中で、百貨店が担う役割もまた進化を求められています。今必要なのは、「選ばれる理由」を“価格”ではなく、“その商品や体験が持つ「意味」”で提示できる場所へと昇華することです。特にアジアからの観光客との接客において、「関係性」への深化が重要視されています。百貨店だからこそ築ける“信頼の編集”が、改めて注目されているのです。

3.地域とともに、“価値を語り、信頼を届ける場”としての再設計

全国各地の百貨店は、その土地固有の魅力を世界に発信する“地域の顔”としての役割も担っています 。だからこそ、ローカルな逸品を、単に陳列するだけでなく、その背景にある「ストーリー」や「文脈」ごと紹介できる力が、百貨店には備わっているのです。

観光消費が「モノ」から「コト」へと広がる今、この百貨店の強みがより一層光ります。例えば、「旅先で知ったあの品を、次にECで買う」といった新たな消費循環の起点となる “場”として、百貨店は「地域の価値を信頼で届ける役割」を再び意味づけようと日々研究を重ねています。

百貨店が果たしてきた役割は、時代が変わっても変わらず尊いものです。ただ、インバウンドを取り巻く構造が変わった今、お客様との「接点」の形もまた少しずつ変化し始めています。重要なのは、“売れる売場”という視点から一歩進んで、“選ばれる場”として、これからの信頼をどう育んでいくかという視点です。数字では測れない、深く豊かな価値こそが、百貨店の本質として今も息づいているのです。

JASAは、百貨店が“地域と世界を結ぶ信頼の場”として、これからも輝き続けることを信じ、地域の百貨店を応援してまいります。

2025年6月3日